Free Ticket Blog 2011年06月
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素晴らしき曲
最近余り曲に関しての話をしていなかったので
今回から好きな曲のレビューを書いていこうかなと思っています。
自分の曲はその都度ライナーノーツを書いているので避けていきます。
聖依の曲について書いていこうと思います。

今日は聖依の曲、Dear Cloverです。

一目惚れというものがありますが、その曲版とでも言うか
一聴惚れという言葉があったら間違いなくそれに当て嵌まります。

まず軽やかに駆け上がる高音のピアノの音色から始まるのですが
これが気持ち良さそうにステップを踏んでいる女性を想起させてくれます。
直後に低音中音のピアノが入ってくるのですが、低音はスマートで足取り軽やかな男性
中音は二人で息を合わせて踊っているイメージです。
聴きながら感じたのは「気持ち良い」でした。
少し遅れてドラムが入ってくるのですがまるでドラムロールの様に細かいスネア。
全てがステップを踏んでいる様に感じられるんです。とにかく軽やか。
でもバラバラなステップではなく、全てが組み合わさって一つの綺麗なダンスになっています。
ストリングスが柔らかい照明となって二人を照らします。
サビに入る頃にはスライドしているかの様な長いシンバルが入り一気に盛り上がります。

曲だけでまず起承転結があるのですが、そこに
歌詞が入り込んで来るので更に強調されて来ます。
この歌詞がまた、余り書いてしまうと楽しみを奪ってしまうのですが
さらりと書くとスタイリッシュで格好良いです。
ただ格好良いだけかと言うとそこはクローバーがほんのりと切ない味を残して行きます。
ずずっと痕を残して行くというイメージでなく、あくまでも手品の様に、まるで
マントをはためかせながら夜空に消えて行く様な、そんなイメージです。

かなり苦労して出来上がった曲と語られていますが、聴けばそれが伝わってきます。
このバランスの良さは簡単に生み出せるものではないと感じます。
音のゲートタイムも心地良く仕上げられていると思いますし、ストーリー性も練られています。
個人的に一番感動したのはドラムです。聴いてびっくりうっとりします。

細かい所まで手がこんでいるというか、楽器数は決して多くはないのですが
この音色数でないと表現できない曲だと思います。
数や勢いを重ねて耳を潤す様な音楽とは正反対、いかにシンプルで聴かせるか
その魅力がこれでもかと詰まっている曲だと思います。
是非聴いてみて下さい。

聖依のサイトはこちら
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今日は涼しい
この所30℃超えの日々だったので、久しぶりに涼しい日になりました。
すごしやすくて嬉しいです。7月8月の事を考えると気が重くなりますが・・・。
来年は酷暑にならない事を祈っています・・・・

拍手、コメント、有難うございます。
以下お返事になります。
>>続きを読む
頼まれたら嫌と言えない
というものがありますが
頼まれて嫌と言ったらもう取り返しがつかなくなる段階
という項目を追加して欲しいです。

制作したいよー・・・
作業に取り掛かる
取り掛かりたいのですが人のフォローをしなければならず
なかなか取り掛かれません。といってぼやいているうちは
「フォローしなければならない」という気持ちではないのだと思っています。笑
悪い気はしていないのではないでしょうか。
気持ち悪いよFT気持ち悪い

先日別口で頂いた制作を今日から開始します。
長い事こちらで記事を書いていなかったので
またブログをメインにその間書いていこうと思います。


来月末に個人的ではありますが一つ御報告出来る事があるかも知れません。
喜びと驚き
※誤解を招いてしまいましたので文頭に追記させて頂きます。
追記に記載している内容は、主にライブや販売活動をしているユニットで起こったものであり
フリー活動を主にしているユニットは含まれません。
フリー活動ユニットには全く関係無いと言える記事です。
それを踏まえて読んでいただければ幸いです。
>>続きを読む
歌詞を作ったり止めたり
時々合間を縫って書いています。
作風変わってきた感が否めません。
とはいえHickeyのような変わらないものもあったりして。
こういった変化からはきっと逃れられないものだと思っています。
一つのものに固執する事も素晴らしいと感じますが
自分は少しずつ変化していくタイプだったようです。



「雨のち曇り ときどき晴れ」


雨が降る度のたうち回って
身をよじって痛みから逃れようと
だけど休んじゃくれないこの体
ああ 今日も僕は生きてんだ

人の為なのか自分の為なのか
見えているのか見えちゃいないのか
自論も所詮は億分の一
通り過ぎて気付かないかもな

継ぎ接ぎした体は一体誰のもの?
誇りが音も無くいつの間にか
家出したあの子は今はどこへ?
僕はただ歌ってるだけ…


晴れの日は傘さして
陽射しから継ぎ接ぎ守って
曇りの日は浮かれて歩いて
ああ 今日も空気が違ってら

皮肉からなのか本心からなのか
善意でなのか悪意からなのか
人の頭の中は覗けない
道なら何本でもあるだろう

確かにあの頃にはもう戻れないけど
それと引き換えに今があるんだ
少しずつ変わってく世の中で
君はどれくらい変わった?

僕はどれくらい変わった?



---

「タイトル未定」

例えばそう 君がもしも
愛はぐくみ 変わる事を
祝うひとと 嘆くひとと
挟まれたら どう感じる

苦しいとき 悲しいとき
支え合って 手を繋いで
笑顔に変え 共にあるく
付き合おうから始まった日々

祝福の中 気丈着飾って
目の前で涙 落としてたら
二人の道のり 捨て去ってでも
気丈抱いて キスするのか
祝福の中 聞こえよがしに
目の前で吐き捨てられたら
相手の為だと 保身を纏い
育んだ愛情 捨て去るだろうか


---

一つ目の歌詞は割と今までにあったパターンに近いものなんですが
二つ目の歌詞は完全に傍観者に徹している立場の主人公という感じで
今まで書いてこなかったタイプの歌詞になっています。
が一番を書いた後二番が出てこなくなるというのはFTの中で良くある話で
体よく言えば温存しながら少しずつ書き進めています。
特に二つ目の様な疑問を投げかける歌詞というのは今まで書いてこなかったので
今後またSecretのようなメッセージ性に重点を置いた曲が増えてくると思います。

こんな曲もない歌詞を書く前に、出来上がっている曲に歌詞をつけなければならないのに。笑
詞先で作ったり曲先で作ったり忙しい人です。笑
耳鳴り
某所でモスキート音のサイトへのリンクが貼られているのを見て
久しぶりに聴力チェックをしてみました。

やっているうちに色々と思い出して懐かしい気持ちになりました。

4歳頃からずっと耳鳴りがしています。
滲出性中耳炎だったと記憶しています。
小さい頃は耳鼻咽喉科で治療して貰ったりもしましたが
一応の治療は終わり、それからは通院する事もなくなりました。
その後突発性難聴の疑いが出て病院へ行きましたが、ストレスからくるもので
最終的に聴力は他の人と変わらないとの判断を頂き、胸を撫で下ろした記憶があります。
ですがその間耳鳴りはおさまらず、かれこれもう20年以上鳴り続けています。
鳴り始めた当初の事は幼すぎて覚えていませんが、不快に思った事は、多分ありません。
今後もずっと鳴り続けていくと思いますが、耳が聞こえる限り曲を作り続けていきます。
根拠はないですが耳が聞こえなくなる事はないんじゃないかと思っています。
気楽にやっています。笑
ウギャー!
腰痛再発し出したよー!
これが歳ってやつだよ畜生!!
胃の調子が悪
かったのですが殆ど症状が感じられなくなってきました。
まだ安心できないので暫く様子を見てお粥を食べ続けようと思っています。
送って頂いた分のお粥全部食べ切りそうです。
六穀粥がとてもおいしい。やばいはまりそう。笑
雑穀なのにお粥、その時点で雑穀の不満点が無くなっていて嬉しいです。笑
あんまり食べると鳥さんの分がなくなってしまいそうですね。
古米を食べるべきか・・・。でもまだ1週間はお粥で様子を見ないと。

5月12日の記事を見てお分かりの通り、もう一ヶ月満足に食事が出来ていません。
一つ前の問題と今の問題の時期が見事に被ってやっと薬飲み終えたら入れ替わりで胃炎・・・
ああ、FTはなんて馬鹿なのでしょう。
文章にしてやっと気付きました。
また副作用が強く出たのですね。
とは言え胃炎が治りかけである事に変わりはないので
ここで脱力して気を抜いたらまた悪化してしまう事でしょう。
お粥と素麺と里芋とヨーグルト食べて乗り切ります!
自分と向き合う
このところ、頻繁に体を壊す様になってきました。
痛み、不快感、違和感のない生活がどれだけ快適か・・・。

こういう時に一人暮らしの不便さをよく考えます。
もし親元にいれば少なくとも相談は出来るでしょう。
屋根と寝床も当然ある事でしょう。その家の費用も大抵は親が負担していると思います。
ですが一人暮らしだと誰に頼る事も出来ません。自分で何とかするしかありません。
自分が生きる為のお金を稼ぎ、環境を整え、怪我や病気も自分で対処する。
自分の体は自分で労わっていかなければ
自分の体や心と向き合わなければ、ツケは大きく回ってくる事でしょう。
いずれ待っているのは行き止まり、当然そこからはどこへも道は伸びていません。
分かりきっている事だからこそ、沢山の道があるうちに自分と向き合って
しっかりとケアしていく事が必要なのだと感じます。
そういう時に支えてくれる存在ってとても大きいですよね。
きっと幾らでも頑張れるのではないかと思います。

いずれ嬉しい報告が出来る日が来るかも知れません。
でも、それは打算や我が身を危惧しての事ではなく、愛あるものでしょう。
その時は祝福して頂けたら幸いです。
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